Day,26 スライム。

  • 2019.06.11 Tuesday
  • 23:26



7/18 晴れ 131km
ビバリーヒルズ〜サンクレメンテ




今日こそは出発しなければいけない。
アヴィンとのお別れが寂しく、後ろ髪を引かれまくるのだけど、時間は非情で、これ以上ここには残れない。日数を計算できる距離まで来てしまったからこそ、猶予が残ってないのがハッキリ分かってしまう。
時間に追われる自分の旅程を呪ったが、時間に追われていなければ、そもそもこの出会いもなかったのだろう。


グダグダと荷物の準備が遅く、仕事に行くアヴィンの方が先に家を出てしまうというなんとも情けないお別れだったけれど、サラッとしたアヴィンの態度のせいなのか、これが一生のお別れになるわけじゃないんだっていう気がした。(実際1年後に再開している)
アヴィンを見送り、準備を済ませ、ホーリーとルーシーともお別れ。彼女たちはこの豪邸でもう何泊かしていくらしい。もちろん二人との別れも惜しかった。たまたま路上でナンパして、別々ではあったけれど同じ山火事を乗り越えて、彼女たちのおかげでアヴィンと出会うことができた。
ちょっとしたことから歯車が噛み合って、繋がりが広がった。





またひとりぼっちだ。しかしゴールは近い。
今日はサンディエゴとLAのちょうど中間地点であるサンクレメンテまで。




ピンクス





LAの街は想像以上に大きく、走り抜けるのに半日かかった。
交差点ばかりの都会はとにかく走りにくい。赤信号の度に止まり、青になれば力いっぱいチェーンを引っ張って重たい自転車を前に進める。効率が悪く、体力ばかり消耗する。
何もない一本道を丸一日信号にぶつからないような日が多かったから、なかなか距離が伸びないことにヤキモキする。


中心部〜郊外へと走っていくとだんだんと治安の悪そうな地域に入ってくる。
それとない肌感覚で分かってしまうスラムの空気。明らかに交通事故が原因ではない動物の死骸が道路に転がっていた。そろそろ休憩したいと思ったのだけど、ここじゃないな、と先を急ぐ。興味本位でスラムに深入りするほど僕は愚かではない。
バンクーバー、シアトル、サンフランシスコ。
スラムのある場所はいつも大都市の郊外だった。



しばらく走ったところでコンビニを見つけて休憩。
そろそろ雰囲気的に大丈夫だろうと思って止まったのだけど、店に入ってみるとレジのおじさんは強盗対策の鉄格子に囲まれていて、まだまだ油断できない地域なんだと思い知らされた。
急に自転車の荷物が心配になってしまい、足早に商品を選ぶ。ハムスターのケージみたいな鉄格子に入ったおじさんに商品を渡して会計。郵便受けみたいな隙間からお金を払うと、スッとお釣りが返ってきた。無言のやりとり。なんとなく日本のラブホテルを思い出した。
買い物を済ませて自転車に跨ると、ヨレヨレのホームレスが近づいてきて僕にコーラを買ってくれと頼んできた。スラムと鉄格子と、警戒心が強くなっていたので冷たく一言で突き放してしまったのだけど、走り出す直前、急に自分が恥ずかしくなって持っていた小銭を全部おじさんに渡した。













今日の目的地、サンクレメンテ。
グーグルマップによれば、この付近には4つほどキャンプ場があるらしい。
以前も書いたけど、アメリカ西海岸は超クルマ社会なので、キャンプと言ってもオートキャンプが主流で、自転車旅行向けの区画というのは用意されていないことが多い。まぁ、クルマ扱いとしてなら入れないこともないのだけど、クルマと同じ料金になってしまうし、それでいて駐車場みたいな砂利の上で寝ることになったりする。下手するとモーテルの方が安いくらいになってしまうので、僕は基本的にクルマ用の区画には行かないことにしている。この問題は旅の間ずっと僕を悩ませた。
やっかいなのは、グーグルマップ程度の情報だと自転車区画の有無なんかは載ってなくて、実際現地に行ってみるまで泊まれるかが分からないこと。だから今回のようにいくつかキャンプ場の目星をつけてから、自分の足を使って調べ回るしかない。
ホーリーたちは自転車旅行用のマップを持っていたし、事前に調べて計画的に動ける人は困らないんだろうけど、僕はあんまり調べ過ぎるのも面白くないなぁと思ってしまうタイプで、とりあえず走ってみる派。
1つ、2つ、、と断られ、なんだかイヤな空気を感じつつ、アタリが引けるまで走り続ける。
どこのキャンプ場も自転車用の区画は用意してなく、クルマと同じ料金だったら、、となってしまい交渉もできず。 最後、4つ目のキャンプ場でもそんな調子で、一応フロントで粘り強く交渉してみたものの、対応してくれた従業員さんには値下げをできる権限がなく、残念ながら物別れに終わってしまった。


近くのビーチで野宿するか。もうひと頑張りして次の街まで行ってみるか。 いずれにせよ、まぁなんとかなるだろう。なかなかのピンチであるハズなのに、思いのほか落ち着いてる自分がいた。
どの選択であれ今の自分だったら上手く対処できるだろうと思えた。野宿も経験してるからビーチで寝ることになってもそこまで怖くないし、まだ足にも余裕あるから次の街まで走ってもいい。
旅も終盤にきて自信がついてきたのだろうか。


しかしその前に、このキャンプ場を諦めるのもまだ早い気がした。
気持ちの余裕があるからなのか、この時は少し知恵が働いた。
断られたもののキャンプ場にそれとなく忍び込み、ぷらーっと一周してみる。いかにも自転車旅行で走ってますという雰囲気を醸し”カナダから来たよ!”とバッグを目立つように見せながら。
するとやはり、興味を持ったお客さんが声をかけてくれて、物珍しそうに他の人もわらわらと集まって取り囲まれた。僕は自分の考えていた作戦がうまくいったと思った。
スゴイじゃないか!、あと少しだ!、何日かかったんだ?と、いつものやり取りをして自己紹介を済ませると、タイミングを見計らって僕は話を切り出した。”テント泊をしたいのに自転車用のサイトがなくて困っている”と。少しオーバーにジェスチャーを織り交ぜながら困難な状況を説明すると、集まっている人たちの中でわぃわぃと話し合いが始まった。みんなが僕を助けようとしてくれる。
そのうちの1人のおばさんが”うちの区画にテント張っちゃいなさい”と申し出てくれた。
ハイリさんと名乗る威勢のいいおばさんは、親戚一家と大きなキャンピングカーで何日もここに泊まっているのだと。庭先の区画が余っているから自由に使っていいと言ってくれた。ありがたい。

ハイリさんと一緒にキャンプ場のフロントに事情を話しに行くと、さっきの従業員さんもお手上げの様子だった。本来なら別料金がかかるところ、ハイリさんは僕のことを家族の一員なのだと主張して強引に押し通してしまった。
”He is my family”
ついさっき会ったばかりなのに、そう言ってくれたことが素直に嬉しかった。





今日も安全な場所で眠れることが有難い。
少し前までは泊まる場所が見つからない時はパニックになっていたのに、今日は全然落ち着いていたなぁと。
しかし、まだ一人で解決する手段があったにも関わらず、誰かが助けてくれるだろうという甘えがあったこと。
それが少し引っかかった。






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